手足の脱力(力が入らない)
なぜ手足の力が入らないの?
筋肉を動かそうとするとき、正常な場合は、脳が出した指令が脊髄に伝わり、末梢神経を経て筋肉が収縮して手や足などが動きます。力を入れようとがんばっても手足の力が入らない理由は、脳・脊髄から筋肉に至る経路のどこかに障害が生じていると考えられます。
また、どの部分に障害が起きているかによって、原因として考えられる病気は異なります。
末梢神経障害(ニューロパチー)による慢性炎症性脱髄性多発神経炎(CIDP)や多巣性運動ニューロパチー(MMN)では、末梢神経の様々な部位に炎症が起こり、炎症によって運動神経に障害が生じて、手足の脱力があらわれます。
CIDPとMMNについては、「CIDP・MMNを知る」のページをご参照ください。
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手足(筋肉)が動くということは
神経系を構成する基本単位をニューロン(神経細胞)といい、手や足などの筋肉(骨格筋)を支配しているのが運動ニューロンです。運動ニューロンには、脳(大脳の表面にある大脳皮質の運動野)から脳幹又は脊髄まで軸索を延ばしている中枢神経系の上位運動ニューロンと、脳幹・脊髄から筋肉へと軸索を延ばしている末梢神経系の下位運動ニューロンがあります。
筋肉は、次のように、脳の指令が伝わることによって動きます。
- 上位運動ニューロンが指令を出す。
- 指令は、電気信号として上位運動ニューロンの軸索を通して下位運動ニューロンまで伝わる。
- 電気信号は、下位運動ニューロンの軸索を伝わる。
- 下位運動ニューロンの軸索の末端にあるシナプスから伝達物質の形で指令が筋肉に伝わって、筋肉が収縮し、手足などが動く。
- 上位運動ニューロンの障害:脳の外傷、脳出血、脳梗塞、脳腫瘍など
- 上位~下位運動ニューロンの障害:筋萎縮性側索硬化症(ALS)など
- 上位運動ニューロンの軸索や脳幹・脊髄の障害:脳梗塞、脳出血、外傷による脊髄損傷、多発性硬化症など
- 末梢神経(下位運動ニューロンの軸索部分)の障害:慢性炎症性脱髄性多発神経炎(CIDP)、多巣性運動ニューロパチー(MMN)といった末梢神経障害など
- 筋肉自体の障害:筋ジストロフィー、多発筋炎・皮膚筋炎など
なお、脱力感や倦怠感があるといっても、貧血、悪性腫瘍、感染症といった全身疾患、過度の疲れ、筋肉痛、関節痛が原因で、(真の意味での)筋力の低下ではないことがあります。一方、脱力(力が入らないこと)をしびれと感じる(表現する)患者さんもいます。
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筋肉には、骨格筋と内臓筋があります。
- 骨格筋:骨や関節などに付いている筋肉で、その収縮によって体を支えたり、手足などを動かしたりします。自分の意思で動かすことができるため、随意筋と呼ばれています。骨格筋は、運動神経によって支配されています。一般に、筋肉といえば骨格筋を指します。
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内臓筋:平滑筋と心筋があり、いずれも自分の意思で動かすことのできない不随意筋です。自律神経によって支配されています。
平滑筋は、食道、胃、腸、子宮、膀胱などの内臓や、血管などを動かす筋肉です。
心筋は、心臓の壁を構成する筋肉です。
末梢神経障害(ニューロパチー)とは
脳と脊髄から構成される神経系を中枢神経系(以降は中枢神経と表現します)といい、中枢神経から枝分かれして、途中で合流したり、また枝分かれしたりして、体のいろいろな部位に延びている神経系を末梢神経系(以降は末梢神経と表現します)といいます。末梢神経は、体性神経と自律神経に大きく分けられ、体性神経は運動神経と感覚神経に、自律神経は交感神経と副交感神経に分けられます。
末梢神経障害とは、末梢神経のどこかに障害が起こり、その働きが悪くなっていることをいいます。
末梢神経障害を引き起こす病気・原因は多岐にわたります。以下に、主なものを挙げます。
免疫性(自己免疫が関係):
- 慢性炎症性脱髄性多発神経炎(CIDP)
- 多巣性運動ニューロパチー(MMN)
- ギラン・バレー症候群:多発する末梢神経障害で、CIDPやMMNと異なり、急性に発症、急速に進行します。
CIDPとMMNについては「CIDP・MMNを知る」のページを、ギラン・バレー症候群については「CIDP・MMNを知る」の「CIDP・MMNと間違いやすい病気は?」のページもご参照ください。
腫瘍性:
- クロウ・深瀬症候群(POEMS症候群):骨髄などで形質細胞(白血球の一種であるBリンパ球から生じた細胞)が異常に増えながら血管内皮増殖因子(VEGF)というタンパク質を過剰に産生することで生じる病気です。
- 悪性リンパ腫に伴うニューロパチー:腫瘍細胞が直接的又は間接的に末梢神経を障害することで生じる病気です。
遺伝性:
- シャルコー・マリー・トゥース病:遺伝子の異常による(末梢神経が遺伝的に障害される)病気です。
- 遺伝性圧脆弱性ニューロパチー:遺伝子の異常で末梢神経に脆弱性が生じ、軽い圧迫、外傷、繰り返しの筋肉の使用によって、容易に末梢神経が損傷してしまう病気です。
代謝・栄養欠乏性:
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糖尿病(末梢神経障害の原因として最も多い):
糖尿病で血糖値が高い状態が続くと、多量のブドウ糖が細胞内に取り込まれます。そして、ブドウ糖が変化してできたソルビトールという糖が神経細胞に蓄積する、血管を傷つけて血流が悪くなり栄養や酸素が神経に届かなくなる、といったことなどが原因で末梢神経に障害が起こります。
糖尿病性神経障害で運動神経や感覚神経に障害が起こると、足の先がしびれる、足が熱い・冷える、手や足の感覚が鈍くなる、足の裏に紙が貼りついたような感覚があるなどの症状が起こってきます。さらに、糖尿病性神経障害では、体性神経だけでなく、自律神経にも障害が起こります。自律神経は、血圧、呼吸、体温、心拍、消化、排尿・排便などを調節しています。糖尿病性神経障害で自律神経に障害が起こると、立ちくらみ、排尿障害、下痢、便秘などの様々な症状が起こります。 -
代謝・栄養欠乏性の末梢神経障害を引き起こす原因として、他に以下のものがあります。
ビタミン欠乏(ビタミンB1、2、6、12、ビタミンEなど):代表的なものはビタミンB1欠乏によるニューロパチー(脚気)です。
多量の飲酒、アルコール依存症:長期間のアルコール摂取によって末梢神経が障害される病気です。
感染性:
- 後天性免疫不全症候群(AIDS/エイズ)
- 帯状疱疹
膠原病性:
- 全身性エリテマトーデス:全身の様々な部位に炎症を起こす自己免疫疾患で、神経を栄養する血管に炎症が起こり、血管が閉塞することで発症します。
- 好酸球性多発血管炎性肉芽腫症:好酸球が異常に増加し、神経を栄養する血管に炎症を起こすことで発症します。
- シェーグレン症候群:涙腺、唾液腺などの全身の外分泌腺(汗、唾液などの分泌物を体の外に排出する管)に炎症を起こす自己免疫疾患です。
薬剤性:
- 抗悪性腫瘍薬、抗ウイルス薬、抗結核薬
中毒性:
- 重金属(鉛、水銀、タリウム等)、農薬(有機リン)、有機溶剤
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末梢神経障害は、原因も多岐にわたりますが、障害される神経によって生じる症状も様々です。
運動神経が障害されたら
脱力(力が入らない)のため
- ペットボトルのフタが開けられない
- 物を持ち上げられない
- 握力が落ちた
- 箸を上手に使えない・持てない
- 腕が上がらない
- 物をつかめない・よく落とす
- ボタンの開け閉めがしにくい
- 足がすっと出ない
- 歩きにくい・転びやすい
- 階段や坂道の上り下りがきつい
- ふらつく
- よくつまずく・つまずきやすい
- 立ち上がるのが難しい
- スリッパが脱げやすい
など
感覚神経が障害されたら
感覚の異常・まひのため
- 手足がしびれる(ビリビリ・ピリピリ・ジーン・ジンジンする)
- 手足の感覚が変だと感じる
- 感覚が鈍い
- 熱さや冷たさを感じない
- 触られた感じがわかりにくい
- 痛みを感じにくい
など
自律神経が障害されたら
- 起立性低血圧・立ちくらみ
- めまい、ふらつき
- 疲れやすい
- 気分不快
- 不整脈、頻脈
- 便秘、下痢
- 排尿障害
- 発汗の異常
など
手足のふるえ(振戦)とは
自分の意思とは関係なく、手や足(四肢)、頭、顔など、体の一部に起こる、規則正しくリズミカルなふるえを振戦といいます。振戦は、筋肉が収縮と弛緩(ゆるむ)を繰り返してしまうときに起こります。
生理的なものと病的なものがあります。
- 生理的なもの:寒いとき、緊張したとき、ストレス時など、日常生活でも起こる生理現象としてのふるえ
- 病的なもの:脳や末梢神経の異常や薬の使用によって引き起こされる異常なふるえ
末梢神経障害による慢性炎症性脱髄性多発神経炎(CIDP)や多巣性運動ニューロパチー(MMN)では、末梢神経の様々な部位に炎症が起こり、炎症によって運動神経や感覚神経に障害が生じるといった複合的な要因で、手足のふるえがあらわれることがあります。
CIDPとMMNについては、「CIDP・MMNを知る」のページをご参照ください。
ふるえを引き起こす他の病気のうち、主なものを挙げます。
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本態性振戦:生理的なふるえが起こるような状況でもないのに、手や頭などに生じるふるえのことです。小脳の機能異常と考えられていますが、詳しい原因はよくわかっていません。
字がうまく書けない、箸を上手に使えない、コップの水をこぼしてしまう、リモコンのボタンを正確に押せないなど、日常生活に影響が及ぶことがありますが、ほとんどの場合、進行することはありません。 -
パーキンソン病:脳の黒質という部分に存在するドパミンニューロン(ドパミン神経細胞)が減り、そこで作られるドパミン(神経伝達物質)が減ることによって起こる病気です。脳内の情報伝達がうまくいかなくなります。
パーキンソン病では、静止時振戦がみられます。振戦以外に、歩行が困難になる、動作が鈍い、顔つきが無表情になる、姿勢を保つのが難しい(転びやすい)などの症状があらわれます。 -
甲状腺機能亢進症:喉ぼとけの付近にある甲状腺が刺激されて、甲状腺ホルモンが過剰に分泌されることで起こる病気で、自己免疫疾患の一つです。
振戦以外に、食欲は増すのに体重が減る、汗を異常にかく、イライラしやすいなどの症状があらわれます。
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自己免疫疾患とは
細菌やウイルスなどの自己と異なるもの(異物)を排除する役割を持つ免疫系が、自分自身の正常な組織を“敵”とみなして攻撃してしまう病気です。
全身性エリテマトーデス、シェーグレン症候群など様々な病気があり、末梢神経障害によって起こる慢性炎症性脱髄性多発神経炎(CIDP)や多巣性運動ニューロパチー(MMN)も自己免疫疾患です。
CIDPやMMNは、軸索(神経系で信号を送る役割を持つ)を保護しているミエリン(髄鞘)を、免疫系が攻撃してしまうことで起こると考えられています。
歩行障害とは
歩行は、脳が出した指令が脊髄を経て、末梢神経(運動神経)に伝わり、筋肉を動かし、末梢神経(感覚神経)から足の位置などの情報が脳に伝わって体のバランスを維持することで可能となります。歩行障害は、歩くためのこの経路のどこかに障害がある場合に起こります。
末梢神経障害による慢性炎症性脱髄性多発神経炎(CIDP)や多巣性運動ニューロパチー(MMN)では、末梢神経の様々な部位に炎症が起こり、炎症によって足の運動神経や感覚神経に障害が生じて、歩行障害があらわれることがあります。
CIDPとMMNについては、「CIDP・MMNを知る」のページをご参照ください。